完全にノイバウテン

March 05, 2020

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さしずめスティーブンキングのミストのような世の中ですなぁ。あの映画から学べることがきっとあるはず。あの映画の中の人々はまさにいまの自分達。


無政府。


だから今の政権を支持できるような強い気持ちをもっていらっしゃる方が本当の意味での無政府主義者だね(笑)リアルアナキスト。


大変に勉強になります。


今ね北海道は非常事態宣言が出ていまして。外出は控えております。時間はたっぷりあるんですよ。今回はダラダラと長いよ。うだうだ。全部見ようとする猛者は、ちっち(おしっこ)は先にすませておいた方がいいと思います。


なんでも、アメリカの研究所が免疫をあげる食品200種類を徹底的に調べてピラミッドみたいな図にしたら、その圧倒的な天辺はニンニクだったんだと!それはもう圧倒的だったらしいよ。 


ちなみにこれステマな。


しかし俺は自分のニンニク食べるとてきめんに眠れなくなるので食べてない(笑)


で、今回の本題。瞑想。前回瞑想のことを書いてから、もっと瞑想のことを書いてくださいという俺の脳内のリクエストにおこたえしまして、瞑想のことからはじめて最終的には話はどこにいくことやら。


いつかキチンと書こうと思っていたんだけど、なんかいっつもタイミングが違うな〜って感じで保留してた。


今さ世の中が、がちゃがちゃうるさいからこれを機にみなさんも瞑想なんぞに興味を持って頂くのもいいかと思って。いいと思うよ、こういう時だからこそ暮しの中に瞑想を導入するのは。そのためにまずはテレビを消しなさいって。あとパソコン、スマホな! 静寂ってものを生活に取り入れることをオヌヌメする。
 

からの瞑想だから。


でも瞑想ってあんまいいイメージないでしょ? わかるよ、イッちゃってるね〜って感じ。あとあの教団な。「私は悟りました」ってすーんとした顔をした人を頂点として、そのお言葉をありがたがって聞く人で作られるヒエラルキー。そういうの一番嫌い(笑) 俺は精神世界の探求はあくまでも個人的なもので然るべきだと考えているので、一切そういうセミナーとか行ったことはない。集団宗教なんて全然無理。


そういえば前にわざわざここまで宗教勧誘が来てさ、うざいからハッタリかましたのね。「僕はこのガラスも神だとおもってるんで大丈夫です」ってちょい寄り目で言った(笑)キチガイだと思ってもう来ねぇだろうと。そしたら前にも増してしつこくなってさ。「是非そのことをみんなの前で話してください」って(笑)これほんとのはなしよ。


うーん。


釈迦は言った。私の指先ではなく、私の指先が指しているところをみなさい。とな。


ういっしゅ!


あとやっぱりなんか今でもスピリチュアル業界に違和感があるのは、みんなとにかく揃いも揃ってちょいダサめ(笑) なんでだろ?


釈迦か馬鹿。


自分の場合はほんと最初は思いつきでそれも完全に自己流で始めたし、他人と検証しあったことはないから、自分でも分ってるのかいないのかすらわかりません。その程度の男の書くことだと最初に断っておきます。


ディズニーランドに真っ暗な中を走るジェットコースターなかった? いや〜思えば俺にもディズニーランドでデートなんてしていた甘酸っぱい時代もあったんだな〜(笑) は、いいとして、あれは何も見えないから怖いわけでしょ? 自分の予期する事なく、いきなり上に行ったり落ちたりさ。例えばあのアトラクションをあなたの人生だと考えてください。


ジンセイヤマアリタニアリ。マサニ。


瞑想とはあのアトラクションの照明をちょっとだけ明るくするものだ。と俺は解釈している。ちょっとだけレールがうすーく見えるだけで大分怖さが違わない? もちろん真っ暗な方が面白いってのもアリだと思うけど、多くの人は大体翻弄されてるわな人生に。コロナウイルスに(笑) だからちょっとくらい照明つけた方が気楽なんすよ。瞑想とはそれ以上でもそれ以下の意味でもなく、けしてレールがフラットになるわけでもなく。でも生きる事の安心感が俄然違ってくるわけ。自分がどうあがこうがどうせレールの上じゃん!どうにもならんよ。みたいな。で、逆に言えばレールから外れる事はけしてない。


あんしん。あ〜このまんましかないんだ。あきらめよ。と同時にほっとした。


で、そのアトラクションの照明をバッキバキに神ルクスの明るさで二十四時間照らせたのが釈迦でありキリストなわけ。と俺は解釈している。現代だとエックハルトトールとか。無敵。でも普通は無理ですよ。俺なんかいくら瞑想しようが、ついたりきえたりの裸電球(笑)


ノンデュアリティの「自分は存在しない」ってやつ。


長くやってると前に書いたように逆らうことのできない波みたいなもの、があるのがわかります。稀に自分も意図せず神ルクスで照らされて「もぬけのから」になったような感覚に。なることもある。だけどそれはそれでまた怖い。ヤベ!片足突っ込んじゃったみたいな。だからそういう「神のみぞ知る領域」的なことはあくまでもおまけ。と俺は解釈している。だってそこを目指すのなら、なんでわざわざ「自分は存在する」っていう次元に我々は生まれて来たのか?ってどうしても思っちゃうよ。


裸電球をつけたりけしたりしながらなんとかこの人生(と言われている幻想)に折り合いをつけて楽しく生きてゆくためのツール。と俺は解釈している。


瞑想のやり方についてはおのおの調べてもらうとして、俺なりの経験としては、俺みたいな猫背な人でも瞑想の時ぐらいは背筋を直角定規があてれるくらい真っすぐにのばしましょう。あとケツの穴を閉めるのもコツだな。理由はわからんけど、どちらも怠ると瞑想状態に入りにくいです。あと太陽を浴びてる時のほうが俄然気持ちいい。


ドゥイッ!


一時期、苫米地英人っていう面白い人にハマってて。脳機能学者でもありとにかく色々肩書きの多い人、そしてあのオウム信者の洗脳を解いていった人としても有名なんだけど。


 「この宇宙とは一体なんぞや? 」


宇宙すなわちそれは全て情報から出来ているんだと。彼曰くそれを腹の底からわかることが悟りであり、それが出来た人が釈迦なんだと。シャカゾンビなんだと。オオスミなんだと。


宇宙は情報から出来ているってピンとこないかもしれないけど、実体のあるものは何一つなく全部幻想だってこと。


しーん。


宇宙は情報であるっていう説明については、ある程度体感を共なわないと理解できないと思うから省きます。ここは宇宙は情報であると仮定しましょう。


で、彼の言うことで一番興味深かったのは、その情報には「抽象度」っていう尺度があるんだと。この言葉は俺にとって後にすごいキーワードになった。


例えばうちのギンちゃんという情報。ギンちゃんは猫です。猫はほ乳類です。ほ乳類は動物です。動物は生物です。生物は有機物です。と進んでいくにつれて抽象度が上がっていくわけ。で、どんどん抽象的になって最終的にこ行き着く先が、仏教の「空」と言われるところになるんだっていう考え方でさ。


で、一番おもしろいなと思ったのは抽象度が上がるにつれて、その情報に内包するエネルギーがデカくなるんだっていう説明。


よって宇宙に「空」ほど抽象的なものはなく、「空」ほどエネルギーのでかいものはないということになる。抽象度が高すぎて「空」を説明することは絶対に不可能。逆に説明できてしまうものは「空」じゃないってことになるんです。そこには体感と知識の両輪がないと辿り着かないという。


この理論には俺はシビれた(笑) とくに両輪って部分がリアルだと思った。


となると、「空」っていう、なんだかわけわからんけど確かになんか全部あるわ!っていう情報空間から、どんどん抽象度が下がって降りてきているのができているのがこの世界なわけ。いま目の前に存在すると思っているこの
タブレットも時間も全部「空」と呼ばれる情報空間の現れ。


そうそう、瞑想を習慣にしているとその感じがとてもしっくりくるようになるのね。時間についても過去が積み重なっていまの自分なっているという感覚は俺の中には全く無くなった。なんか時間って前から来ているような降ってきているような感覚。そっちのほうがしっくりくる。


で、氏のその「抽象度」っていう定規を世の中に当てて見るとほんと面白いんだよなぁ。「あいつほんと抽象度低いよな」とかさ(笑) ほんと抽象度の低いものと高いものが入り交じってのこの宇宙なんだわ。


例えば昭和の中学生。辞書の「セックス」って文字を見て授業中股間を膨らませているとするじゃん? これは抽象度の低い行為つーか、馬鹿なんだけど(笑)、隣の席に中学生時代の釈迦が座っているとするじゃん? 釈迦には白い紙に載っている黒インクにしか見えない。いや白と黒にしか見えないかも。釈迦がひとこと「君は黒インクに何でちんぽがたってるの?」  えーっ!釈迦は中学生なのに字が読めないのかよ!釈迦だめじゃん!っておはなしではなく。

中学生には文字という意味がある抽象度に生きて、釈迦は情報がバラバラになっている抽象度に生きているのね。悟りとは完全なる情報解体であり、瞑想とは抽象度を上げる行為に他ならない。と俺は解釈している(しつこい)


みんな違う世界に生きているんだよってことです。


そしてふと抽象度ってIQと置き換えることもできるんじゃないかなぁと俺は思ったんだよね。


IQって記憶力とかじゃないでしょ?たいした知らんけど。違う視点だったり、ひとつ上の抽象度からものをとらえることのできる能力。IQが高いってよくものを知ってるとかそういうことは全然関係なくて、この抽象度が高い思考ができるってことなんじゃないのか? 


抽象度が高さはIQの高さ。ちょっと強引かもしれないけど今回はそういうことにしておいて。そっちの方がおもしろいから。


そこで浮かんだのはスケシン。ご存知天才。アブストラクトな存在。彼が解体し続けるデザインと言われているもの。あぁなるほどね?って感じない?(笑) その次は当然ロボ宙でしょ。ロボさんなんて何言ってるのかほとんどわからないもん。空気で物を語るからね(笑)IQが50も違うと会話が成り立たないってうけどあれは本当だね。四年後ぐらい経ってさ。


あっ、ロボさんの言っていたあの感じってこの感じなんだ…。凡人にはやっとわかるのでありやした。


だけど世の中全体としてはわかりにくいものは「悪」みたいな方向にどんどん行ってるわけじゃん? わかりやすいことをすることが当然でしょ?みたいなさ。勘違いのしようのないくらいわかりやすいことのほうがイケてるって風潮はあると思う。最たるものが例えばさユーチューバーとかさ。


で、そんなふうに世の中の抽象度がどんどん下がっているってことは。


つまり世の中どんどんどんどんIQが下がっている、馬鹿になってるってことなんだよな。 ま、それは大体みんな想像つくと思うけど。



あと抽象度を音楽にあててみてもこれがおもしろい! 全部つじつまが合う。


たとえば音楽。


抽象度の高い音楽って何っていえば、フリージャズとかエレクトリカとかもなかなかだと思うけど、断トツの頂点はやっぱノイズミュージックでしょ? 完全に意味を解体した音楽。


抽象度の高いものほどエネルギーが大きい。


故にノイズミュージックが一番内包しているエネルギーが大きい音楽ってことになり、そして俺が思うにノイズが一番IQの高い音楽ってことになるんですよ。ま、これもかなり無理があるけど(笑)そっちの方が面白いから!現に山塚アイとかめちゃくちゃ頭良さそうじゃん!JOJO広重は知らんけど(笑)。


英才教育としてハウリングを聴かせたほうがいいと思う。


で、かえすがえすも登場するフィッシュマンズはそこにかんずいて意識的にやっていたバンドだったんじゃないか?なんつて。抽象度の高い情報をなんとかJポップ(笑)として成立するギリのところまで落とし込めるのか? 最近だと流石に若い人でももっとこなれた音出してかっこいいバンド一杯あるけど、最初に何処をつかんで音出してるのか?その最初につかんでいるところの高さね。それはまだ追従を許してないと感じるのは俺が初老だから?(笑)


佐藤伸治は松尾芭蕉の生まれ変わり。と俺は解釈している(笑)


あとさ銀杏BOYZが最終的にノイズまみれで爆発したことも極めて当然であり誠実なものだったと分るわけです。ノイズ以上にエネルギーを内包できる音楽はこの地上にはないのだから。


で、その反対は?って言ったらさ、いわずものがな。


いつだったか実家で深夜テレビ見てたらとある女性アーティストのスポットが流れてました。ほんとありがちな例のサビの部分で声がひっくりかえる転調のやつに、ほんと「まんまじゃん!」っていう内容の歌詞で、さすがに寒気がしたほどで、こんな才能のない人を売っていかにゃならぬレコード会社も大変だわな、と、悲哀の念を感じざる得なかったのだが。


後でわかったのだが、その人はドームツアーをするようなビッグネームだったのでありやした(笑)


ものすごい違和感があったけれど、後日またたまたまその人のライブをテレビで見てさ。あっ、なるほどね。こういうことか。違和感なくなった。ああ、まさに今の感じだよな〜って。曲だけ聞いたら音楽としては成り立たってなかったけれど、この時代の中でのパッケージとしてみたら成り立った。違和感なかった。わかりやすい歌で、わかりやすいところで手を挙げて、わかりやすくひとつになって、わかりやすく感動して、帰りはインスタにあがってるわかりやすいうまみのごはんをたべて、抜け道なんか探さないでまっすぐわかりやすいみちでかえりましょう。



抽象度最底辺2020年。



そのことを40年も前に言っていた人が居たんだよね。


ちょっと前にほぼ40年前の宝島が出てきて。ギズムが出てたから買ったやつなんだけど(笑)当時あの「戦場のメリークリスマス」の時期で、ビートたけしと坂本龍一のインタビューが載ってたんだわ。当時、たけしの言ってることは大体分ったんだけど、教授の言う事は全く理解できなかった。で、最近40年ぶりに見てみたら、まだ完全にはわからないんだけど(笑)というのも、ものすごくアブストラクトなモチーフについて延々話しているんだよね。当時彼は30歳そこそこだよ。


要は人と人の間を充たす空気感のようなものみたいな。空気のことをずっと言ってた。これ以上アブストラクトな話題はない(笑)で、そこで教授が言っていたのは…。(だいぶ忘れちゃったから不正確です)


これは甘いです。これは酸っぱいです。そんな味のハッキリしているもの、得体の分かりやすいものしか時代が求めてなくて、味があいまいなものであるとか、味のしないものには人々は価値を感じていない。今の時代(80年代初め)はそんな空気が漂っている。つーような内容だったと思う。要は抽象度が下がってきてますよっておはなしでさ。たぶん。


これってまさに今じゃん!!


40年前も前にそのことを感じていた坂本龍一は心底天才だとおもったよ。


とここまで書いたら、ナンバーガールの配信が始まった。





(この間二時間)





で、見終わったけど、やっぱあのバンドも音以前に最初につかんでいる抽象度の位置が高い。非常に。だからこそのあのエナジー。つじつま合うべ?  MCなんて意味が全くわからんもん(笑)あの拳銃は何だったんすか? THIS IS 向井秀徳アブストラクトディストラクション人間。おもろかった!


異常空間Z。


そして最後は苫米地先生ね。氏も音楽好きで有名。ギターコレクターでもある。そこで「ぼくはヤン富田さんの大ファンなんです」なんて言ったら、ああやっぱりそうなんだなって上手くまとまるってなもん。ところが氏はガンズアンドローゼズなんかが好きなの。


イイネ! それこそがこの宇宙の懐の深さ。(笑)





わかるかなぁ? わかんねぇだろうな?









posted by Admin at 18:39 | General

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