PHANTOM

May 05, 2011

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目の前の板前が二尾の魚を乳白色のビニール袋から出す。
ビニール袋とはずいぶんとぶっちゃけた店だな。
完全にイヤな予感がした。
僕は少々失礼だと思いながらも、
カウンターから身を乗り出し、その魚の目を覗き込む。
しかし予想とは違い、それは全く濁りのない綺麗な目をしていた。
みたこともない魚。
ソイみたいな形だが、その四倍くらいの大きさで、
さんまみたいな青い銀色をしている。
板前はその奇妙なくらいイキのいい魚をさばき出した。
最初に包丁を入れたのは、なんとその魚の<ひたい>の部分。
<ひたい>にがっつり水平に包丁を入れ、ジョリジョリと後方に。
それはまるで無理矢理カツラをはぎ取られた男のようだった。
この名も知らぬ魚、釣られて尚も、こんな辱めが待っていたとは。
魚に同情心が芽生えたのはこれがはじめてだ。
それにしても、この店、何もかもずいぶんと変わっている。
カウンターには僕の他には1組のカップル。
とはいっても、その人数でカウンターは一杯な大きさなのだ。
彼らも終始僕と同じものを目にしている。
その包丁さばきに感嘆した後に、
持っている包丁自体に話を移すのが聞こえる。
板前もそれを感じたのだろう、
自慢げにそのやたらと手入れの行き届いた、
正に職人がもっていそうな包丁を、
指先で愛撫し、何かを確認しているフリ。
ところが、いつもより少し調子にのった部分もあったのだろう。
包丁を切り返した際に、刃先が鎖骨のあたりにほんのちょっとカスったようだ。
1センチほどの切り傷ができ、そこから血が滲んできた。
しかし彼は全くそれに気付いていない。
切れてる!切れてる!
三人の視線は完全にその切り傷に釘付けになってしまった。

<つづく>
posted by Admin at 04:07 | General

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